大判例

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福島家庭裁判所会津若松支部 事件番号不詳 決定

少年 N(昭和二〇・三・一二生)

主文

少年を教護院に送致する。

理由

(非行)

少年は、化粧品類等販売業F(当四八年)の次男に生れ、中流の家庭にそだち、○○小学校在学中も成績中位、出席状況も良好で、粗暴な行為といえば、僅かに小学校一、二年生当時稍腕白気味で喧嘩を数回なし注意を受けた程度に止まり、それも五、六年生ころは同級生のGから兎角いじめられ勝ちであつたところ、昭和三二年四月一日○○○○市立××中学校第一学年に入学するや、同月ころ珠算三級の試験に合格すると共に学校の出席状況は良好で学業成績も次第に向上の傾向にあり、二年生に進学後は家人にすすめられて正規の授業の外週二回私塾に通い真面目に勉学にいそしんでいたものであるが、昭和三三年五月一八日H(当一四年)が○○○○市所在××××学園中学部から転入学し少年の在籍している二年八組(担任I当二八年)に編入せられるや、同人が学業成績も上位でやがてホーム・ルーム議長に選ばれるに及んで、その影響力を受けるようになり、同級生のJ(当一四年)、K(当一四年)外三名の合計七名をもつて前記Hをボスと称するポーカー団なる名称の不良団を組織し同人宅の外前記J宅などを根城にして酒を飲み煙草を喫い挙句の果は金銭を賭して花札賭博などにも耽るようになり、そのころ、たまたま、前記L(当一四年)が二年十組(担任山田繁当二六年)に在学し学業成績も良く同級ホーム・ルーム議長として選ばれておりながら兎角前記Hとは仲が悪く悉に対立し張り合つていたようであるところ、昭和三三年一二月二二日午後三時三十分ころ○○○○市××町大字△△字○○×××番地所在の○○○○市立××中学校二年十組教場内に前記Lが前記ポーカー団員Kを呼び込みえり首をつかみ「あんまりでつけいつらするな、Hのことは一回はやるんだ」と因縁をつけられたことを聞知するや、いたく憤慨し、前記Hらと相謀り、同日夕刻ころ○○○○市××町△△△番地所在の市営グランド内第二野球場三塁側ベンチ付近に前記団員K、同J外一名が集合し「Lの方でこつちをやると言つている現在俺達の方から先にLを殺そう」と相談し、更に、自分達に圧力を加えてくるのは前記Lばかりではなく二年八組の同級生M(当一三年)もそうであるということになり、ここに、少年とHは前記Lを、KとJは前記Mをそれぞれ殺害することにとりきめ、一旦、帰宅し、翌二三日登校したところ、前記K、J両名から同人らは前記Mを殺す計画を中止する旨の知らせを受けたが、少年とHのみは当初の計画とおり前記Lを殺害せんことを共謀のうえ、同日午前九時三五分ころ前記二年十組教場内において、たまたま休憩時間中を利用し前日と同様前記Kと少年を呼び込み「今日の朝来るときの顔なんだよ、にしやHの弟分なのか、Nも弟分かよ」といんねんをつけている前記Lに対し、前記Hにおいて同教場内に飛び込むや否やいきなり所携の刃渡り八、九糎の小型登山用ナイフをふるつて前記Lの右胸部及び左季肋部臍上(腹部)をそれぞれ突き刺したので少年も同時に所携の刃渡り一三・五糎の大型登山用ナイフで前記Lの背後から同人の左背部を一回突き刺し、因つて、同日午前九時四十分ころ、左脊部からの刺傷による左肺左胸部大動脈損傷並びに右前胸部刺傷による右肺損傷及び左季肋部の刺傷による胃一部肺腸管の損傷による急性出血のため、同校中央校舎階下北側階段西側手洗所前廓下において同人を死亡するに至らしめ、殺害の目的を遂げたものである。

上記所為は刑法第一九九条、第六〇条該当。

(要保護性)

本件記録中当庁家庭裁判所調査官大竹康夫、同鈴木繁治作成の昭和三四年一月二一日付少年調査票のうち「調査者の意見」欄の記載をここに引用する。

よつて、少年法第二四条第一項第二号に則り主文のとおり決定する。尚、教護院は国立教護院が適当であると思料する。

(裁判官 玉置久弥)

(編注) 共犯者、少年H(昭和一九・七・三生)は、初等少年院送致決定となる。

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